◆米国でのプレゼンスをスマートに発信
トヨタ自動車のメキシコ新工場に対するトランプ次期米国大統領のツイッターでの非難が、波紋を広げている。この面妖で前代未聞の振る舞いを見せるリーダーの登場には唖然とさせられる。しかし、トヨタあるいは日本企業は、これまでの進出地での行動規範をしっかり堅持すれば、自ずと幅広いステークホルダーの支持を得ることができるだろう。日米あるいは日墨間の深刻な経済摩擦に及ぶこともない。
1月9日のデトロイトモーターショーでのトヨタブース。豊田章男社長は、プレスカンファレンスで今回のショーで世界初公開となった新型『カムリ』を披露した。そのスピーチのなかに、雇用や投資など米国におけるトヨタのプレゼンスをトランプ氏あるいは米国民へのメッセージとして織り込んだ。
メッセージは、「米国で開発・生産・販売に携わるトヨタのメンバーは13万6000人」、「これまで60年間で220億ドル(約2兆5500億円)を投資。今後5年間でさらに100億ドル(約1兆1600億円)を投じる」、「米国で30年以上にわたり2500万台以上を生産」―など。15年連続で米国の乗用車ベストセラーの座にあるカムリに関連付けて、スマートにスピーチを構成した。今後5年間の投資計画は大型になるものの、17年末に米国トヨタなど現地法人の拠点をテキサス州に集約することや、1年前に立ち上げたAI(人工知能)開発子会社の投資拡充など、いわば自然体による数字といえる。
◆揺るがない自動車生産国としてのメキシコの存在
トヨタのメキシコ新工場は年約20万台の乗用車生産能力をもつもので、中部のグアナフアト州に10億ドルを投じて建設、19年の稼働を予定している。また、主として米国向けピックアップトラック『タコマ』の生産拠点である既存のバハカリフォルニア工場では年10万台の能力を17年末から18年にかけて同16万台に増強する計画も進めている。
トランプ氏がメキシコでの自動車生産を目のかたきにするのは、94年に発効したNAFTA(北米自由貿易協定)によって関税なしで加盟国間の輸出入ができ、米国メーカーのメキシコ生産拡充が進んだからだ。メキシコ自動車工業会の統計によると、15年の同国での自動車生産は、340万台(前年比6%増)で世界では7番手。このうち、大半が米国向けとなるGM(ゼネラルモーターズ)など米国ビッグスリーの輸出だけでも143万台と、全生産量の4割強に達している。
このため、トランプ氏は大統領選でNAFTAからの離脱やメキシコに生産移転した米国企業への高関税などに言及してきた。仮にNAFTAの枠組みが崩壊すると、米国メーカーだけでなく15年にメキシコで約130万台の生産を行った日本メーカーも影響を受けることになる。もっとも、こうした通商協定の見直しが短期に実現されることはないし、特定企業への高関税といった措置もWTO(世界貿易機関)のルールから逸脱するので現実的ではない。
将来、NAFTAが見直されるとしても、自動車生産拠点としてのメキシコの重要性は色あせない。南北の米大陸を結ぶ中間点という地理的な利点だけでなく、日本を含み50を超える国・地域とFTAやEPA(経済連携協定)を締結しているからだ。産業界からは、若く低廉で良質な労働力も評価されている。また、15年に135万台(前年比19%増)となって成長著しい同国内の新車市場自体も、魅力だ。
◆初期投資を40%低減するメキシコ新工場
豊田社長は5日の経済団体の新年会でNHKの取材に対し、「ひと度、工場建設や製品を出すことをやった以上、そこに雇用と地域社会に対する責任がある」と語っていた。ここに国内外を問わず、進出地で「良き企業市民」を標榜するトヨタの基本的な行動理念が集約されている。昨年11月に起工式を行ったメキシコ新工場には、すでにトヨタの責任が生じている。こうした良き企業市民という価値観は、同社だけでなく日本の自動車各社も共有するものであり、従業員、顧客、自治体といった進出先の幅広いステークホルダーからの支持につながってきた。
もうひとつ、トヨタのメキシコ新工場は「真の競争力を強化する重要な試金石」(豊田社長)との位置付けもある。13年から約3年間、新工場投資を凍結した間に開発した新たな生産技術を全面導入するからだ。「シンプル&スリム」と「フレキシブル」をキーワードに、伸縮自在の組立ラインやコンパクトな塗装ブースなどによって投資効率や生産性を高め、環境負荷も抑制する。
工場建屋や設備を中心とする初期投資については、08年当時と比較して約40%の低減にめどをつけているという。新しい開発手法であるTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)との両輪で、「真の競争力」に磨きをかけていく構えだ。メキシコ新工場には不退転で臨んでいくしかない。